北新地のラウンジ、Bar(バー) 特集 熟練の黒服が語る北新地での上手な遊び方

熟練の黒服が語る北新地での上手な遊び方

ワシ(インタビュアー:野津渉)が日刊現代大阪ていう新聞社に入って3年ちょい、初めて北新地に足を踏み入れたのがおよそ30年前やったかなぁ。その頃から新地の本通り、あるいは堂島上通りに立ち続けてきた通称なべさん。今ではトップキャリアの黒服として誰しもが知っているまさに”新地の顔”、ドンである。
そのなべさんに、北新地の今昔をはじめ、ホステスにモテるコツ、上手な遊び方などをとことん包み隠さず語ってもらった。

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のづすんません、きょうは・・・
忙しいところ時間を取っていただきましてありがとうございます。早速ですが、なべさん。若いころからいきなり北新地で働いてはったわけではないですよね。

なべさんもちろん、です。実はボク、若いころは東京にいてたんですよ。最初仕事についたのは大工でした。大工といってもパチンコ屋さんの専属で内装を専門て感じでした。
人間関係がうまくいかなくて3年ぐらいでやめてしまいました・けど・・・
そして、その後が寿司職人を目指して修行しましたが、やっぱり続きませんでした。3年経っても包丁は持たせてもらえなかったし、当然、寿司も握らせてもらえなかったんで。ついに嫌気が差してしまって。

のづしゃあないですよね。ワシだって若いころは職を転々としてました。

なべさんそうなんですか。それから池袋、渋谷あたりの喫茶店やディスコでバーテンやウエイターをしながら生計を立ててました。でも、このままではダメだと思って心機一転、第二の都市である大阪でゼロから頑張って見ようと思ってこちらにやって来たんですよ。

のづそれが何歳の時やったんですか?

なべさん確か30代の後半でした。でもね、水商売の経験も長く、知識もそれなりにあったんですが、それでも給料はよくて20万円どまり。家賃、光熱費などを払ったらほとんど残らず小遣いもほんのわずか。そこで一念奮起、よ~し、と思って3カ月の間、死ぬ気で頑張ったら、なんとオーナーがポンと5万円も上げてくれたんですよ。それはそれは嬉しくて、その夜は眠れなかったのを今でもはっきりと覚えています。同時にマネージャーにも抜擢されて益々ヤル気が出て、それ以降はガムシャラに頑張りましたね。

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のづその店って今もあるんですか?

なべさんはい。堂島上通りにある老舗の高級クラブです。そこには結局6年もの間、大変お世話になりました。その後は野津さんもご存知、カーメルって店で部長をしてました。さすがにいろんな苦労をした甲斐あって、その頃には女の子を店に入れる力がちゃんとついてましたね。

のづ 黒服さんて、ひたすら自分の店の前に立ってお客さんを誘導、呼び込むだけじゃないんですね。

なべさんそれだけでお金がもらえるなら楽な仕事ですよ。肝心なのは仕事のできるホステスを自分のお世話になっているお店にいかにしていれるか。それによってボクらの給料も大きく変わってくるんですよ。

のづ見た目以上に大変なんですね。

なべさんその逆もあってお店でも人気のホステスを他店に抜かれでもしたら、経営者からはボロクソにいわれるし、給料がダウンすることもしばしば。女の子の管理はほんと気が抜けません。実際、ボクの同期の黒服は大きな借金ができたとか、未収が焦げて飛んだヤツなどいろいろ。今では誰も生き残ってないんですよ。

のづなべさんは人より要領が飛びっきり良かったんですかね?

なべさんよくいいますよ、そんなこと。たぶん、野津さんも知ってた黒服のTさんはつい先日、新地を上がりましたよ。昔みたいに稼げなくなってきたんで、昼間はバイトでトラックに乗ってる噂も流れてました。

のづそういう意味ではどの業界でもそうですが、サバイバルゲーム化してますね。

なべさんその昔は黒服に女の子が付いてきたんですが、最近ではそんなことはほとんどありませんね。とにかく、黒服は売り上げをしっかりできるホステスをちゃんとつかまえて、その上で横のつながりと、なおかつ信頼関係がないとやっていけません。

のづいろんな気も使うでしょうし、サラリーマンの方がずっと楽ですね。

なべさんかもしれません。この仕事は運とタイミングなんです。街頭に立っていてもまったく顔見知りのお客さんに会わない日もしょっちゅうありますし。その反面、ツイてる日はお客さんの方から、「オイおまえ、今はどこにおんねん」と軽く声をかけられることもあって、そのままお店に来ていただけることも。

のづ競馬の世界ではた、運も実力の内っていうんですよ。

なべさんそうなんですか。また、女の子からも「どちらのお店の方ですか?
私、お店を探してるです。どこか紹介していただけませんか?」なんてこともあったりするんです。

のづなべさんは貫禄があって少し強面。けっこう目立つんで、そういう意味ではかなり得してますよね。

なべさんよくいいますわ。目立つといえば野津さんにはかないませんよ。背はボクより高いし、歩き方に特徴があるんで、遥か200㍍先を歩いていてもわかります。どっかのホステスも言ってましたが、「野津さんは後姿でもすぐわかるわ」とね。

のづそない言うたら、新地をちょっとうろついただけで、ママさんやらホステスから一気にメールが来たり、電話がかかってきたりするもんなぁ。

なべさんいろんなとこから見られてますよ。そういえば昨年の春、ひと晩に野津さんと7、8回も新地で出くわしたことがあったの覚えてますか?

のづ覚えてます。当時はなべさんと新地内で20回出会ったら今はなきワンシーンに1回行くような約束をしてたような気が・・・。

なべさんそんな楽しい遊びもしてましたよね。そのカウントシステムは今も継続、生きてますよね。確か現在は6ポイントじゃないかと記憶してます。

のづん?、これから極力、本通りは避けて歩かないようにしまっさ。(笑)

なべさんでも、変装でもしない限りすぐにみつかりますよ。(笑)

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のづそれはともかく、今、新地でモテる飲み方、モテるお客さんはどんな方ですか。

なべさんお金持ちに越したことはありませんが、いつも綺麗に飲んでる方ですね。最近はそんな紳士は減りましたけどね。女の子を口説くのもじっくり時間をかけて絶対に焦らないこと。よく聞くのは店に1、2回来ただけで、いきなりさせろとか、無理やりホテルに連れていこうとするタイプの人はダメですね。かなりの年月をかけて大事に扱ってモノにするっていうのがいいんじゃないでしょうか。

のづ口でいうのは簡単ですが、いざそうするとなるとお金もけっこうかかりますし、忍耐もいりますよね。ワシにはとうてい真似できません。

なべさん野津さんは飲み屋の子じゃなくて、一般人?が相手ですから、また違う口説き方があるんでしょ。(笑)

のづそんなもんありません。最近は真面目ひと筋・・・。水陸両用、ギャンブルだけが友達です。

なべさんは~。それと今ふと思い出したんですが、野津さん、“特攻隊”って意味はわかりますか?

のづわかりますよ。その昔、よくいてましたね。まさかなべさん、そんな手配までしたんですか。 

なべさん人聞きの悪いこといわないで下さいよ。ご心配なく、そんな言葉はもう死語ですよ。

のづてことは、いわゆる“枕営業”をするコも今はおらんのですか?。 

なべさんボクの知ってる限りではいてませんねぇ。

のづ今は時代がちゃうんでしょうね。そんな根性?と勇気?のあるコがいないとは…。でも、なんか、寂しいような気がします。あっ、そうそう。なべさんが思う今後、ラウンジとかクラブはどうあるべきだと思いますか?

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なべさんお客さんに優越感を与える店の造りはもちろんですが、最も肝心なのは男女ともマナー関係でしょうね。絶対にお客さんに失礼があってはいけないし、べっぴんさんでもお人形ではダメ。仮に女の子のレベルが?でも、いつも笑顔でいろんな話題を提供できて、お客さんを退屈させずにいかに楽しませるか。そんなことを自然にできるコがベストだと思います。ボク自身、人様のことを偉そうにいえる柄ではありませんが、老体ににムチ打って一段と“人間力”を高める努力だけはしていきたいと思ってます。

のづ格好ええ。もうすぐ終わりにしたいと思ってますが、ちょっと気になるなべさんの女性遍歴を教えてもらえませんか?

なべさんそんなことまで聞くんですか。

のづはい。しゃべれる範囲でお願いします。(笑)

なべさん実は東京で2回、大阪で1回、離婚してます。なので結婚は4回目です。

のづさすが。羨ましい限りです。

なべさんそれって褒め言葉ですか?。

のづもちろん。

なべさん子供は全部で4人いてまして、最初の嫁さんとの子はもう23歳になりました。一番下は8年前に大阪で結婚した嫁さんとの間には7歳になる女の子がいてるんですが、このコが可愛くて可愛くて。

のづ孫じゃないんですか?

なべさんそういわれて仕方ありませんね。でもね、別れるたびにお金が凄くかかるんです、慰謝料とか、20歳までの養育費用とか・・・。なので金銭的にも精神的にもけっこう苦労しましたよ。今は一番、幸せを感じてますし、女性はこれで打ち止めです。

のづあたり前でしょ。すいません、きょうは長い間、お付き合いいただきまして。本当にありがとうさんでした。

なべさんどういたしまして。いつもお世話になってるんでどうってことありませんが、またボクが勤めているお店に野津さんがちらっと顔を出してくれればそれで十分です。

のづそれが一番高いですやん。ま、今後とも北新地の黒服の象徴として、もっともっと白髪の生えるまで頑張って下さい。ワシにとってなべさんは“キタの灯台”みたいなもんなんですから、いついつまでもその灯を消さないように頼んどきます。

なべさんありがとうございます。もうひと言いいですか。

のづどうぞ、どうぞ。

なべさんとにかく、北新地に元気がないと大阪の景気は良くなりません。老いも若きもみなさんこぞって新地に遊びに来て下さい。心からお待ちしています。野津さんにも月並みなことしかいえませんが、仕事に競馬に競艇に、さらにはお姉ちゃんに、これまで以上に精を出して下さい。(笑)

のづはい、はい。ふたこと多いけど、きょうのところは辛抱しときます。ほな、また。

インタビュアー : 野津渉 (のづわたる) 昭和30年2月15日生まれ A型 水瓶座 。
若かりし頃、日刊ゲンダイ大阪でJRAの調教師、騎手をはじめ、競艇選手、プロ野球選手、芸能界、吉本芸人、さらには力士、プロレスラー、格闘家など、取材を通じてあらゆる分野のアスリートと交流。男女を問わず人脈の構築をはかる一方、北新地での飲食でさらに絆を深め現在に至る。趣味は競馬、競艇、パチンコ、麻雀、カジノ(澳門)、釣り、プロ野球&サッカー観戦、映画、旅行(主に沖縄)など多彩。還暦を過ぎた今でも依然落ち着きがなく夜な夜な新地を徘徊しているアクティブシニア。ただ、見掛けによらず酒は一滴だけ、烏龍茶しか飲めないが、打つ、食う、たまに買うは今も健在。まさに典型的な破滅型、類い稀なる‘’遊人‘’である。

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